大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和39年(ツ)3号 判決

上告人 高水健次郎

被上告人 高嶋花枝 外三名

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

上告人の上告理由は別紙上告理由書記載のとおりであり、これに対する被上告人の答弁は答弁書記載のとおりである。

第一点について。所論は原判決が建物所有者において借地上の建物のみを譲渡担保とし、その所有権を債権者に譲渡したが、建物は従前どおり債務者において使用し、建物について債権者との間に賃貸借契約をせず、敷地の地代も債務者が地主に支払つているような場合には敷地の賃借権は債権者に移転しないものと解するのが相当である、と判示したのを判例に違反し法令に違背したものと非難するが、所論援用の大審院判決は譲渡担保の性質を判示したに過ぎず、譲渡担保の場合における敷地賃借権移転の有無を判示したものではないから、本件に適切ではないし、譲渡担保の場合における敷地賃借権移転に関する原判決の見解は正当であつて、所論のような法令違背の点は認められない。

第二点ないし第四点について。所論は原判決が被上告人らは建物保護に関する法律(以下建物保護法という。)第一条第一項により本件土地の賃借権を上告人に対抗できる、と解したのは違法である、と主張する。よつて考えるに建物保護法第一条第一項によつて賃借権につき第三者に対抗できるのは賃借人が賃借地上に自己所有名義の登記ある建物を有するときであつて、賃借地上に存在する建物につき登記がなされていても、それが賃借人以外の所有名義となつている場合には原則として対抗力を有しないものと解すべきである。唯賃借人名義でなくても、賃借人と特別の関係例えば賃借人の家族関係にある者の所有名義の登記のある建物が存在するような場合には例外的に建物保護法による対抗力を認めうることは原判決の説示するとおりであるが、右のような例外を何処まで認めるべきかは敷地について正当な取引関係に立つ第三者の利益保護と賃借人の賃借権保護の均衡の問題である。原判決のいう適法な転借人所有名義の建物の登記のある場合においては例外的に対抗力を認めるべきものという原判決の見解を是認するとしても、それは最初から適法な転貸をした場合には賃借人所有名義で建物を登記することが不可能である一方地主は転貸を承諾したのであるがためである。しかるに譲渡担保の場合には債務者は賃借地上にある自己所有名義の建物の所有名義を債権者に任意に移転するものであつて、しかも敷地の地主は何等之に関与していないのである。いわば債務者は自ら求めて対抗力を失うような行為に出でたものというべく、それは自ら、登記ある建物を取毀した場合や、自ら自己所有名義の建物の登記を抹消した場合にも比すべきものであつて、これを適法な転借人の場合と同列に論ずることは均衡を失するものである。かように建物保護法第一条第一項の解釈としては譲渡担保権者の所有名義の建物が賃借地上に存在するにすぎない場合には賃借人は賃借権をもつて第三者に対抗できないものと解するのが相当であつて、これと異る原判決の見解は建物保護法の解釈を誤つたものといわなければならない。してみると原判決には判決に影響を及ぼす法令違背があるから、これを破棄すべきものである。

よつて本件上告は理由があるから民事訴訟法第四〇七条により原判決を破棄し、なお被上告人のその余の主張(権利濫用)について更に原審において審理をしなければならないから本件を原裁判所に差戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 牛山要 岡松行雄 今村三郎)

別紙 上告理由書

上告の理由

第一点原審判決理由(判決正本九枚目裏一〇行目「建物の譲渡があつた場合、敷地の賃借権もまた原則として譲渡されることは当然であるが(経済的運命共同性)借地上の建物が譲渡担保とされ、しかも賃借人たる債務者が従前と変りなく建物を使用し、その建物について、別段債権者との間に貸借の契約をせず、また、地代も債務者において地主に支払つているような場合は、敷地賃借権は建物が担保として債権者の所有に属する限り、直ちに建物の所有権とともに債権者に移転することなく依然として債務者のもとに存しているものと認めるのが、譲渡担保の法律関係の規律として相当である。けだし、譲渡担保の目的からして債務者は債権者に対して敷地賃借権を譲渡する必要もなく、又、土地の使用収益関係に変動がないのであるから、」と判示しあるもこれは当事者関係に止める法律問題にして上告人第三者に対し斯く解するは違法である。この点に関し上告人(控訴人)は原審に昭和三十七年五月二日付準備書面第一項に詳細に記述し、これを要約して原審は昭和三十八年七月十日付口頭弁論調書に陳述しあるもので帰結する処、原審は大審院民事聯合部大正十三年十二月二十四日判決民集第三巻十二号五五五頁に反する対抗要件を誤解に由来する判決に影響を及ぼすこと明かなる法令違背あるものにして到底破棄を免れざるものとす。

第二点原審判決は其理由に(原審判決正本十二枚目表十行目より「ところで、地上建物の登記自体は建物の存在およびその所有者が何人かを公示するものであつて、借地権の存在および借地権者が何人かを直接公示するものといえないのみならず、土地と建物とが別異の不動産とされ、各別の登記簿に登載されている現行法の下においては、地上建物の登記をもつて借地権の公示方法とすることはとうてい十全のものとはいい難い。従つて、土地について取引関係に立とうとする第三者が借地権の有無および借地権者が何人をか確知しようとすれば、単に建物の登記を調査するだけでは足りず、予め現地に臨み、その方法又は社会経済的状態を調査することを要するものであり、又、今日の宅地取引は現地の調査を必須の前提とするのが実情である。」

と判示しあるも本件は建物所有者は訴外高水一であり土地所有者は同乙訓亀吉であり借地権は既に昭和三十四年六月三日同旧借地人の被上告人等より土地所有者右乙訓亀吉に返地せられたもので(第一審昭和三十六年四月十二日証人乙訓亀吉の尋問調書八項記録六七丁裏「高嶋から地所を返して貰つたのは昭和三十四年六月三十日の日ですがその当時の地代は一年に三千円であつたと思います」とあり重ねて一年半位の地代が滞つておりそれを全部負けましたと明瞭に陳述し、重ねて原審同人の昭和三十七年七月十一日速記録参枚目表に「六月三十日の雨の降つた日に私が高嶋の奥さんに、高嶋さんでは高水に家を売つてあるようだけれども地主に話さないでやつては困ると言つたら地所をお返しましようということで納得の上で返していただいて」とあり、

又返地しても被上告人等(被控訴人等)には何等痛痒を感じない理由があり、それは別個の建物が前側にあり毛頭差支えなき現況にあるからである。

昭和三十六年四月十二日の乙訓亀吉の証人調書(記録六九丁裏)

一九項「元製材の場所を高嶋が明けて困るかどうか人のことですから分りません、しかし住宅は前のところにあるのですから-高嶋の住んでいる敷地は一〇四坪位あります」とあり、しかも同人は町会議員もやつており地元の名誉職であり充分な信憑力がある。

更に被上告人(被控訴人)高嶋花枝の供述調書記録一一六丁二一項に「乙訓亀吉さんに対する地代として三千円宛二回供託したものは、中ぶらりんになしていたので私の方で取り戻しました」

とあり以上を綜合して上告人に欠缺なきを更に本件に於て判示の要求するが如き、上告人に調査及障害行為を探査するの必要毫も存在せざるものである。のみならず上告人に叙上の調査を必要とする何等法律の根拠を示すことなく判示したるは即ち理由不備の違法あるものにして当然破棄せらるべきものなりと信ず。

第三点原審判決理由に判決正本十三枚目表八行目より「しかし、地上建物の登記名義が借地権者自らのものでなくても、借地権者と登記名義人との間に特別の法的ないしこれに準ずる関係があり、第三者にこの関係を承認させることができる場合において、前示宅地取引の実情をも考慮したうえで、借地権の保護の必要とこれにより第三者が受ける不利益とを比較衡量し、借地権者以外の者の登記名義ある建物の存在をもつてもなお借地権を対抗し得るものと解することが相当であり、かつ、かく解することが前説示の前記法案の趣旨を不当に逸脱しないと考えられる場合には、借地権者と建物の登記名義人の乖離にかかわらず、前記法条はなお適用があるものと解すべきである」と判示しあるもこれ原審の独断であり本件の場合は徒らに過重なる上告人に不動産取得に関する思えもよらない負担を課し法律制度(土地所有権の完全な取得即ち建物の所有者に相違あり借地権は返上抛棄して地主に戻り系統的に被上告人等の権利継続なく表面上何等見るべきものなき)を無視したる原審は独自の見解にして通常認容し得ざるもの左記判例はこれを示して説明しある東京高等裁判所昭和三〇年(ネ)第二一七六号、同三二年一月二六日判決(東京高裁時報八、一、一三)

依つて建物保護法の解釈を誤解しあるものにして原審判決は頻らくこの点に於ても破棄すべきものなり。

第四点原審判決理由に判決正本十四枚目裏十行目より「しかし、この場合にはなお賃借人が第三者に対し現在の建物の登記名義人との関係が譲渡担保である旨を主張し得るかを考えなければならない。けだし、譲渡担保において、所有権の移転が担保のためであるということは、譲渡担保の当事者間においていい得るに止まり、対外的には完全に所有権の移転があるものとして取扱われるべきものとされるからである。

ところで、右の理は譲渡担保の目的物すなわち本件に即していえば、地上建物につき所有権その他の権利を取得した者との関係では当然に妥当するけれども、これが右目的物ではない土地の所有権を取得した者との関係においてもまた等しく妥当するとは直ちに考え難い。」

と判示しながら其の後段に、建物保護ニ関スル法律の趣旨は前者を重んずべきものとすると解するのを相当とするのでと理由を附しあるは本件土地譲渡の場合の建物保護法の適用を対抗せらるるものは被上告人等に非ずして訴外高水一であり、被上告人等は此の時期に所有名義人にあらざること明瞭なる以上建物保護法を茲に律し適用するが如きは全く見当違えの解釈である。従つて此の点からしても原審判決は一面に於て上告人(新土地所有者)に対抗できるとして控訴を棄却しながら他面に譲渡担保は当事者間においていい得るに止りしと判断しあるは一方にて上告人(控訴人)の主張を排斥しあるは全く判決の理由に齟齬を来しあるものにして、この点からしても原審判決は正常にあらずして理路整然を欠くこと随所に散見せらるるものにして、この点からしても原審判決は破棄せらるべきものなりと信ず

又信義則よりしても、譲渡担保の目的だとしても他人名義で七、八年も放任し土地所有者が始めて気が付くような状態であり、第一審乙訓亀吉の証人調書記録六七丁六「その間にヽヽヽヽヽヽその二筆の土地上の建物を高水に売つたことは知りませんでした。私がそのことを知つたのは昭和三十四年の六月に人の噂等を聞いたりしたので昭和三十四年六月頃役場に行つて調べた結果建物が昭和二十七年に高水に売つたことを知りました」

とあり、之れに加うるに

昭和三十六年八月三十日高水健次郎上告人(控訴人、原告)本人調書記録第一審一〇八丁六「私が買つた土地の上に兄が建物を持つていたのでありますが私は一銭も地代は頂きません。

七、私がこの土地を買つたのは故郷でもあり年をとつてから行く行くは自分で住むつもりでありました」

とあり何等是等の関係者に不純があり不信義の点は聊かも無いが原審は毫もこれを顧慮しないのは違法である。

以上何れの点よりするも原判決は違法であり破棄せらるべきものである。

以上

答弁書

上告趣旨に付

本件上告を棄却する

上告費用は上告人の負担とする

との判決を求める

上告理由に付

一 被上告人の本件土地に対する借地権は上告人に対抗し得るものである。

即ち建物保護法第一条により借地権の対抗要件は借地権者がその地上に存する建物の登記することにより発生しその建物が滅失する迄存続するもので、その間建物の所有名義が一時第三者に変更する事があつても借地権そのものが存続する限り対抗要件は失われない。

蓋建物保護法の精神は借地上の建物を可及的に保護せんとするもので、建物が登記してある以上土地との利用関係は充分に公示されているから第三者を害するおそれはないとして借地権に対抗力を付与したものと信ずる、従つて登記した建物が存する限り、その土地に付ての借地権は推定される。登記した建物が存するに拘らず借地権が存在しないのは異例の場合である、従つて此の如き場合、真に更地としてその土地を買わんとする者は、土地所有者、建物名義人、居住者等の利害関係人に付調査すべき義務がある、然るにかかる調査をすることなく借地権がないと漫然と信じてこれを買受けた者はその点に付過失たるを免れない此の如き過失者は善意者として保護するに価しない者である。

二 被上告人の先代高島正雄が所有権留保の譲渡担保として訴外高水一に本件建物の所有名義を移した時には借地権は譲渡していないのである。

此事は原判決の認めているところである。右の譲渡担保は、実質は抵当権と異らないのであるが、債務不履行の時に競売手続を省く為であつた。従つて借地権の譲渡は将来債務不履行の為本件建物が第三者に売却される時に行う約であつた、のである。此事は債権額が僅か六万円で建物の価格(当時、時価五〇万円程)に比し極めて少額であり且精算残額を返還する約のあることにより明である。

三 上告人は善意の第三者ではない。

上告人は兄の一に頼まれて同人の利益の為に(自己の為でなく)資金を出して本件土地を買つたものである。兄一は地主が本件土地を売りに出している事を知り自ら買う資金がなかつたので、弟の上告人に買つて貰つたのである、従つて表面上は上告人が買受人になつているがその実質は兄の一が買受人なのである、此故に上告人は買う前には一度も現地を見た事もなく、且売買手続もすべて兄一が代行している。

此の如く上告人は兄と一体となつて本件土地を買受けたもので兄と同様に本件土地の借地関係を承知していたのである。従つて、旧地主の被上告人に対する賃貸人としての地位を完全に承継したもので善意の第三者等と主張する筋合はないのである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例